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「私らしく」とは、本当に大切なのか?

自己啓発本の帯を見ると、「私らしく生きる」とか「自分らしく働こう」といったメッセージをよく目にする。だが、果たして、「私らしく」とは本当に大切なのか?

以前、『昔と違って、“虚無主義”に陥らない理由』というnoteにも書いたが、ここ最近のぼくは「私」を手放すことを意識している。

仏教には「色即是空」という言葉がある。すべての形あるもの、物質的なものは、その本質においてはどれも実体がなく、「空(くう)」であること。それゆえに、なにものにも執着してはならないという考えだ。

この世の物事は全てが移ろう。だから「絶対」など存在しない。現在ここに確実に存在しているように思える「私」でさえ、絶対ではない。様々な物事との関係によって、そう感じられているだけだ。

そして、仏教の重要な思考のひとつに、「生かされている」という感覚を持つことがある。

瞑想や座禅をやっていると、自分という主体が息を吸っているのではなく、自分の意思とは無関係に身体が脈を打ち、空気が自然に出入りしていることがわかる。自分という存在も大きな自然のなかの一部であり、自分という存在は「生かされて、生きている」ことに気づける。

この生かされている感覚や、世界から自分の居場所が与えられている感覚を持つと、世界の見え方は大きく変わる。いつかは自分もこの世から消えていく儚い存在と思うことはなくなり、死んだ後に自分の意識は消えても、自分と世界との繋がりは消えないのではないかとすら思えてくる。

仏教には、世の中のすべてのものは繋がりあっていて、個として独立しているものはひとつもないという意味の「諸法無我」という言葉がある。

諸法無我の意味のするところが、だんだんと見えてきたように感じていたのだが、その感覚がより強まる本と出会った。仏教と西洋科学が、融合していると感じることが最近、多いのが面白い。

生物学者の小林武彦さんの『生物はなぜ死ぬのか』という本だ。

本の帯にある「死生観が一変する」というコピーに惹かれて読み出した。

地球の歴史を振り返ると、どの生物も環境に適応するために、常に多様性を生み出すことで生き残ってきた。そして、子どもの世代は、親の世代より、常に多様性が高い。卵・精子・胞子などの配偶子の形成および接合や受精が、変化を生み出すからだ。

子どものほうが親よりも多様性に満ちており、生き残る可能性が高く、生物界においては優秀な存在と言える。言い換えれば、親は死んで、子どもが生き残ったほうが、種を維持する戦略として正しく、生物はそのような多様性重視のコンセプトで生き抜いてきた。

地球に生命が誕生したのは、ほとんど奇跡に近い。その奇跡的な命を次の世代へと繋ぐために、生物は死ぬ。命のたすきを次に委ねて、利他的に死ぬ。これが『生物はなぜ死ぬのか』で、小林さんが伝えようとしている主張だ。

ひとりの人間として独立していると考えると、死とは存在に終わりをもたらす恐ろしいものだ。でも、自分は世界、種の一部であると考えると、死とは次の世代へのバトンタッチと捉えることができる。

この本で特に印象的だったのは、人間の身体の細胞の話だ。人間の身体の細胞は、爪や髪から、骨や皮膚に至るまで、4年単位で全て入れて変わっているそうだ。ぼくらの知らないところで、日々、身体のなかの細胞は死んで、新しい細胞に生まれ変わっている。自分という存在ですら、細胞レベルでみると、常に移り変わっているのだ。

科学的なアプローチでも、「私」という確固たるものなど存在しない。そのことを『生物はなぜ死ぬのか』から、感じることができた。

そもそも、人間が自我を意識しはじめたのは、近代に入ってからだ。現代社会では「私らしく」といったフレーズをよく耳にするが、「私らしく」を意識し過ぎることは、生物として不自然なことではないか。それよりも、自分は移り変わる世界の一部と捉えた方が自然だし、心穏やかに過ごせる。

各言語の歴史を調べると、「私たち」という言葉の方が先に生まれ、そのあと「私」という言葉が生まれるらしい。面白いのが、自分は世界の一部だと思って、次の世代に何を残していこうかと考えると、これまでとは違った視点が浮かび上がってくることだ。

自分らしくを諦めると、新しい自分と出会える。逆説的に自分らしく振る舞える。

利他とは自分と他者のつながりについて考え、それを深めていくこと。そして、利他は自利と切っても切れない関係であると、先日『言葉の語源を遡ると、違う景色が見えてくる』で書いたが、自分を意識しなくなると自利と利他が同時にやってくるのではないか。


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佐渡島庸平(コルク代表)

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