編集者的な生き方。その本質は“空”にある
「編集者的な生き方とは何か?」
編集者として20年以上働く中で、こうした問いが自分の中に生まれるようになった。
ぼくの編集者としてのキャリアは出版社から始まった。そのため初期は「編集」とは、本や雑誌、またはそこに掲載する作品を作る行為だと、捉えていた。
しかし、「編集」という行為は、本作りに限定されるものではない。会話の中で話題を選んだり、何を伝えるかを決めたりすることもまた、もうすでに情報の編集だ。そう考えると、編集とは日常のいたるところで必要とされる技術だ。
「編集」をもっと広い定義として捉え直す。「編集者的な生き方」をぼくはしたいと、40歳を過ぎた頃から強く芽生え始めた。経営者でありながら、常に編集者でもある。
そんな中、道しるべのような存在だと感じたのが、松岡正剛さんだ。
ある本に興味を持つと、松岡さんが紹介している。そんなことが何冊も続き、松岡さんの本を読むようになった。
そして、彼の考える「編集」についてもっと深く知りたいと思うようになり、ついには松岡さんが主催する塾に参加した。そこでの気づきについては、『具体と抽象を行き来する鍵、”AIDA(あいだ)”』というnoteをはじめ、これまでに何度か書いてきた。
松岡正剛さんの知的好奇心は圧倒的で、活動は多岐にわたる。
その代表的な実践の一つが、20年以上にわたって運営されているウェブサイト『千夜千冊』だ。
松岡さんはここで、文学から科学、哲学まで、多岐にわたるテーマを扱っていく。そのエネルギーは驚異的で、一冊一冊について、松岡さんならではの多様な切り口から深く論じていく。
ただ、松岡さんが書いたものをどれだけ読んでも、松岡さん自身がどんな人なのかはあまり見えてこない。松岡さんの言葉を通じて、この世界の構造やつながりへの理解を深めることはできても、松岡さん自身の世界がどのようなものなのかは、依然として霧の中だ。
「松岡さん自身の欲望とは何なのか?」
それがわからなくて、ずっと居心地の悪さがあった。
そして、松岡さんが亡くなり、直接質問する機会は失われてしまった。
そんな中、松岡さんが所長を務める編集工学研究所の安藤昭子さんが、『問いの編集力』という本を出版し、対談する機会をえた。
この本では、松岡さんが提唱する編集工学の考え方をわかりやすく紐解きながら、「問い」が生まれるプロセスを4つのフェーズで整理していく。
安藤さんは、自分の世界を広げるためには、わからないことを無理に理解しようとするのではなく、「保留する」という選択肢が重要であると説いている。この考え方は『観察力の鍛え方』で書いた内容とも重なり、自分の考えが一層、整理された。
対談では安藤さんに、「松岡さんとはどんな人なのか」をしつこく尋ねてみた。安藤さんからは興味深い話をいくつも聞けたものの、松岡さん自身が何をしたいのか、その核心についてはやはり謎のままだった。そして、それが編集者である松岡さんらしさだと。
しかし、よくよく考えてみると、それこそが「編集者的な生き方」なのではないだろうか。
作家は、自分の中にある感情や衝動を具体化し、作品として世の中に発信していく。
一方で、編集者は、すでに世の中に存在しているものを受け入れ、それを編集することで新たな意味を与えていく存在だ。そのためには、自分が空っぽであればあるほど、あらゆるものを一度ありのままの状態で取り込むことができる。
「空(くう)」であるほど、あらゆるものを受け入れることができる。
ぼくが目指す編集者的な生き方とは、そうした空の器のような存在として、世界と対峙することなのかもしれない。
先日投稿した『どこにも心を留めず、見るともなく、全体を見る』というnoteで、空の概念についての理解が更新されたことを書いた。
空とは、単に実体が無いという意味ではなく、ひとつの存在の中にさまざまな「つながり」が含まれているということだ。そして、そのつながりをすべて感じることで、その対象を捉える。
色即是空。あらゆるものは空であるという前提に立ち、それぞれの事象を受け入れ、それぞれのつながりについて深く考えていく。この姿勢こそ、ぼくが感じる松岡さんの生き方で、編集者的生き方かもしれない。
ここ数年、仏教的な考え方に興味を持ちながらも、それを編集的な生き方の探究とは別のテーマとして捉えていた。しかし、ぼくが関心を寄せていた二つのテーマが実は交差していることに気づき、対談中に思わず興奮を覚えた。
空とは何かをさらに理解していきたい。
それこそが編集的な生き方における鍵となりそうだ。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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