もし遺書を書くなら、そこに何を書き記す?
自分は次の世代に何を「引き継ぎ」たいのか。
先月『贈与の存在に気づき、次の代に引き継いでいく』というnoteを投稿したが、40歳を超えて人生の折り返し地点が見えはじめた辺りから、この問いについて深く考えるようになった。
そんな中、自分の人生観について、気づきを与えてくれる出来事があった。
ぼくのnoteで何度か紹介しているが、5年ほど前から『EO(Entrepreneur’s Organization)』という起業家同士が学ぶ合うコミュニティに参加している。EOでは「自分を深く知る」を大切にしていて、定期的に自己理解を深めるためのワークショップを行っていく。
以前に『ジョハリの窓から、「さらけだす」を再考』というnoteに詳しく書いたが、いかに自己認識を高めていくかという点で、EOでは「ジョハリの窓」についての話がよく行われる。
自分は知っていて、他人は知らない「秘密の窓(hidden self)」。他人は知っていて、自分は知らない「盲点の窓(blind self)」。この2つの窓を開放していくためには、普段は意識しないところに意識を向けて、自分の内面を見つめていかないといけない。
そのため、EOでは様々なユニークなワークショップが組まれている。こちらも以前にnoteで紹介したが、「なぜ、あなたは私と友達でいてくれるのか?」という質問を数名の友人に尋ねて、その答えをみんなの前で発表という、かなりハードルの高いワークもあった。
今回、ぼくらが新たに取り組んだのは、自分の遺書を書くワークだ。
あと10分で墜落する飛行機に自分が乗っていることを想定する。その時、自分は誰宛にどんな遺書を書くのか。それぞれが遺書を書き、その内容をみんなで発表しあっていく。
全員が真剣に取り組んでいて、遺書の内容を発表している途中に泣き出す人もいた。また、内容にも個性があって、親しい人へ愛情をただただ伝える人もいれば、遺産相続の内訳をしっかりと書き記す現実的な人もいた。
ぼく自身はというと、遺書の内容を真剣に考えた結果、家族への簡単な感謝の言葉しかでてこなかった。このワークに取り組むことを聞いた時は、どんな内容の遺書に仕上がるのかに自分ながら興味を持っていたのだが、いざ書こうとしてみると言葉が全然でてこなかった。
平野啓一郎の『本心』では、「死の直前」という言葉がテーマとして登場する。死ぬ直前の分人次第で、その人の人生全てが幸福だったのか、寂しいものだったのかが、大きく左右されてしまうのではないか。だからこそ、死ぬ時の分人を選べるように、自由死という制度があってもいいのではないか。そうした議論が交わされていく。
ただ、ぼくの本心を家族に伝えたいと思っても、遺書に書き記せるような文量で伝えることなんて到底できない。そもそも、ぼくという人間は多様な分人で構成されているため、「これがぼくの本心」なんてものは存在しないかもしれない。
遺書に書いてある言葉が、ぼくの本心のように受け止められてしまうのではないか。そうした懸念を感じて、なかなか言葉が出てこない。
平野さんの『本心』では、主人公が亡くなった母親の本心を知りたいと思って、母親が生前に残した様々なデータを取り込み、母親のVF(バーチャルフィギュア)をつくる。加えて、母親が生前に親しくしていた人たちとVFを交流させて、彼らとの交流からVFを学習させていく。
もしぼくが突然亡くなって、息子たちがぼくの本心を知りたいと思ったら、たとえVFは作れなくても、同じように辿っていってほしいと思った。
ぼくがどんな思想をもった人間だったかは、このnoteだったり、voicyやYouTubeなどで、断片を追うことができる。それらを繋ぎ合わせいってもらえれば、ぼくがどんな人間だったかが次第に浮かび上がってくるはずだ。
更に、ぼくが編集者として深く関わっている創作物も、ぼくの思想が確実に反映されている。基本的に、ぼくは自分の思想と共鳴できる作家としか仕事をしていない。打ち合わせを何度も繰り返して、お互いの思想を磨きあった末に作品は完成していく。だから、ぼくが関わった作品を追うことで、ぼくという人間が見えてくるだろう。
そう考えると、ぼくの編集者としての仕事は、自分の遺書の断片をこの世の中にバラまいている仕事とも言える。自分の仕事をそういう風に捉えたことはなかったのだが、その気づきは実に興味深いと感じた。
そもそも、ぼくという人間の思想は、ぼくがゼロから生み出したものではない。様々な本を読んだり、色々な人と触れ合う中で、育っていったものだ。ある種、ぼくの思想とは、過去から受け継いだものであり、現在という時代から受け取ったものだと言える。
作品を作ったり、SNSで発信をすることは、実は「引き継ぎ」を無意識のうちに行っていることなのかもしれない。そのことに気づかされて、すごくハッとした気持ちになった。
以前から、編集者という仕事をライフワークにしていきたいと考えていたが、その理由がしっかりと腹落ちしたように感じた。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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