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物語に恩返しするとは何か。作家と作品の理想的な関係

「物語に宿っている、世の中を変える力を顕在化する」

こうした想いをもとに、コルクではビジョンのひとつに「Realize」という言葉を掲げている。

例えば、『宇宙兄弟』では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に対して、治療薬開発の実験に成功するシーンが描いている。このシーンについては、「治療不可能と言われているALSを、フィクションの世界とはいえ、勝手に治してしまって本当にいいのだろうか?」と、小山さんと話し合った。

ただ、『宇宙兄弟』を読んで心を動かされ、「現実世界での治療成功は自分が成し遂げるぞ」という人が現れるかもしれない。このシーンには、そうした願いも込められている。

そして、その未来を実現させるために、自分たちも何か行動を起こしたいと思い、コルクでは『せりか基金』を開始した。ALS治療のための研究開発費を集める基金で、これまでの累計寄付金額は1億円を突破した。

物語を「Create」するだけでなく、物語を「Realize」する。
これがコルクが目指したい姿だ。

ぼくがこうした考え方を持つに至ったのは、井上さん(井上雄彦)の影響が大きい。そのことは『スラムダンクから教わった、物語を現実に変える力』というnoteに詳しく書いた。

井上さんは『スラムダンク奨学金』という制度をつくっている。アメリカでバスケを挑戦する意志と能力を持っている高校生を対象に、アメリカの大学への進学を目的としたプレップスクールへの派遣を支援する取り組みだ。

『スラムダンク』の作中で、安西先生の教え子がアメリカ留学で挫折してしまう様子が描かれているが、そうした状況を変えていきたい。流川や沢北みたいな挑戦心あふれる選手が、アメリカで思いっきり挑戦できるように、道を整えていきたい。そうした井上さんの強い願いが伝わってくる。

物語をつくるとは何なのか。井上さんの姿を見て、何度もそのことを考えさせられた。コルクのような小さい会社で、『せりか基金』のような取り組みをやろうと決められたのも、井上さんからの影響が大きい。

そして、「Realize」とは何かを考える上で、もうひとり、ぼくに強い影響と刺激を与えてくれている存在がいる。

マンガ家の三田さん(三田紀房)だ。

ぼくのnoteで以前にも紹介したが、一年前から、三田さんは『リアルドラゴン桜プロジェクト』というプロジェクトを立ち上げた。

三田さんの母校である岩手県の高校で行われているもので、東大合格を目指す学生に向けて、勉強法について学ぶ様々な授業を行っていく。まさに『ドラゴン桜』を「Realize」していくような取り組みだ。こうした支援を持続可能にするために、三田さん自身が多額の寄付をしたり、同校の卒業生に寄付をお願いする活動にも協力をしている。

この他にも、三田さんは様々な取り組みを行なっていて、もはやマンガ家の域を超えている。三田さんは今年で66歳だが、「この年齢になっても、こんなに次々と挑戦できるなんてすごい」と、尊敬の念が改めて湧く。

そんな三田さんが、壮大な取り組みをまた一つはじめた。

それが『アジア甲子園大会』だ。

このプロジェクトの発起人は、元プロ野球選手の柴田章吾さん。

柴田さんは中学時代に難病を患い、「このまま野球を続けたら命に関わる」と医師に言われながらも、野球を続けた。そこまで出来たのは甲子園という憧れの舞台があったからで、甲子園の存在が生きる力になったと言う。

甲子園という舞台をアジアに再現することで、甲子園がある感動をアジアの子どもたちに味わってもらいたい。そして、野球を通じて、国際交流の機会を創っていきたい。そうした想いから、このプロジェクトを立ち上げた。

その柴田さんの想いに賛同して、三田さんも共同発起人となり、その流れでぼくも手伝うことになった。最初に話を聞いた時は、途方もない計画だと感じたが、現地の関係者と信頼関係を築き、大きなスポンサーも見つけ、ついには実現に至った。

第一回となる大会は、今年12月にインドネシアのジャカルタで開催され、14歳から18歳で構成されたインドネシアの8チームが参加する。

三田さん曰く、日本の甲子園の歴史を紐解くと、第1回大会の参加校はたった10校程度だったらしい。そこから100回以上の歴史を重ねて、現在の姿になった。だから、たとえ規模は小さくても、大会の歴史の扉を開けることが大事だと、三田さんは言う。

このプロジェクト自体がマンガのような途方もない挑戦だが、三田さんはこうした活動に、なぜ積極的に取り組むのか?

それは、三田さんが自分を育ててくれたものに、「恩返し」したい気持ちが強いからではないだろうか。

三田さんが自身のマンガ家人生を語った『ボクは漫画家もどき』という本がある。このタイトルにあるように、三田さんは自分のことをマンガ家だと思えずに、どんなにヒット作品が出ても、自分は「漫画家のようなもの」「漫画家もどき」だと思う気持ちが拭えずにいたと言う。

その理由としては、「自分の成功は、自分一人の力では生み出せていない」と感じているからだ。本には、こんなことが書いてあった。

“漫画家デビューしてからも、そのときどき側にいる人におんぶに抱っこで、運を持ってる人に便乗してチャンスを待ち、生涯アマチュア精神のままで完璧を求めず、発信することに特化したことが功を奏したのではないかと思います。

この本の出版を機に僕も開き直ることにします。
「もどきで結構!」
やっと僕の心に決着をつける時がきました。“

だからこそ、自分が作品の舞台として描いた高校野球や学校教育の発展に、少しでも貢献したいという気持ちが湧いてくるのではないだろうか。

物語というのは、ゼロから自然と立ち上がってくるものではない。モチーフとなる対象や舞台があるからこそ、「こういう物語が展開されたら、面白いんじゃないか」とインスピレーションが育まれていく。

三田さんのマンガ家としてのターニングポイントは、はじめてのヒット作である『クロカン』だ。甲子園という舞台や、甲子園を目指して奮闘する指導者や球児たちがいなかったら、クロカンは生まれることはなかった。だから、甲子園という文化の発展に、自分ができることは関わっていきたいという想いが強いのだろう。

義務感からそうしているわけではなく、これは三田さんの純粋な願いのようなものだと思う。三田さんは、毎年夏の甲子園を現地で観戦する程、甲子園という舞台や高校野球を愛している。

こういう状態にまで辿り着くのが、作家と作品の理想的な関係だろう。

『リアルドラゴン桜プロジェクト』にしても、学生たちを支援していくことが、三田さんの生きがいの一つになっている。他にも、三田さんが力を入れている『旧尾崎テオドラ邸』は、マンガ界への恩返しなのだろう。

物語を「Realize」するとは、自分を育ててくれた物語に「恩返し」するということなのかもしれない。三田さんの姿を見て、そう思うようになった。

今年の12月は、ぼくも三田さんと一緒にインドネシアに行く予定だ。どんな光景が見れるのか、今から楽しみにしている。


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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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