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被写体を通じて、視聴者自身の生き方を考えてほしい。 大島新監督に聞く、「我を問う」ドキュメンタリーの作り方

あるひとりの政治家の17年間を追った、ドキュメンタリー映画が、6月13日より公開された。

大島新監督なぜ君は総理大臣になれないのかだ。

映画の被写体である衆議院議員・小川淳也さんの応援者である知人から、「この映画を観てほしい」と連絡をもらい、公開前に鑑賞する機会を得たのだが、そこには他人ごととは思えない何かが写っていた。

「日本の政治は変わります。自分たちが変えます」と理想に燃えて政治の舞台に飛び込んだ小川さんだが、様々な予期せぬ出来事に翻弄され、思い通りに進まない。

僕自身、「日本のエンタメビジネスを変える」とコルクを起業して8年経つが、思い描いているゴールからはまだ遠く、理想と現実の狭間で日々もがいている。そんな自分を、苦闘する小川さんの中に観た気がしたのだ。

この『なぜ君は総理大臣になれないのか』の監督である大島新さんは、大島渚監督という世界的に著名な映画監督を父に持ちながら、ドキュメンタリーの世界に入り、『情熱大陸』『ザ・ノンフィクション』『課外授業ようこそ先輩』など、様々なドキュメンタリー制作に関わってきた。

大島さんが、ドキュメンタリー作品を取り続ける理由は何なのか?

先日、大島さんと対談する機会を得たので、この問いについて聞いてみた。すると、ドキュメンタリーの魅力とは、被写体の「未知」を引き出すことにより、観ている人自身の「未知」に向き合うことだとわかってきた。その内容について、コルクラボのメンバーがレポート記事を作成してくれたので共有する。

<書き手 = 竹本有希、編集協力 = 井手桂司

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大島新(おおしま・あらた)さん
1969年神奈川県藤沢市生まれ。1995年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビ入社。「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。1999年フジテレビを退社、以後フリーに。
MBS「情熱大陸」、NHK「課外授業ようこそ先輩」「わたしが子どもだったころ」などを演出。
2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督。同作は第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。
2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。2016年、映画『園子温という生きもの』を監督。プロデュース作品に『カレーライスを一から作る』(2016)『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018)など。文春オンラインにドキュメンタリー評を定期的に寄稿している

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「未知」を撮影し届けるのがドキュメンタリー

佐渡島:
大島さんのお父さんは、映画監督の大島渚さんです。劇映画の世界がとても身近にある環境で育ちながら、ドキュメンタリーの道を選んだのは、なぜですか?

大島さん:
小学生の頃の話ですが、父の撮った映画『愛のコリーダ』が、わいせつ罪の裁判になってしまい、僕は、たちまちエロ監督の息子になりました(笑)。大人になれば、芸術的な表現だと分かるんですが、子供の頃は、ずっと辛かったです。

ただ、父のことは好きで、尊敬もしていたので、表現の仕事につきたいと思ってました。だけど、同じ劇映画の道にいって、比べられるのは、なかなかしんどい。違うジャンルの道を歩もうと思い、ドキュメンタリーの世界に飛び込みました

小さい頃から、伝記が大好きだったんですよ。キリストとか、キュリー夫人とか。10代になると、司馬遼太郎さんの歴史小説や沢木耕太郎さんのノンフィクションにすごく魅かれました。

そして、大学時代に、フジテレビで深夜に放送していた『NONFIX』というドキュメンタリーを見て、これをやりたいと思いました。当時、無名のテレビディレクターだった是枝裕和監督や森達也監督らが異彩を放っていて、すごく憧れました。

佐渡島:
大島さんにとって、ドキュメンタリーの魅力を言葉にするとしたら、どう説明しますか?

大島さん:
あえて一言で言えば、ドキュメンタリーは「未知なるもの」を撮影して、届けるものです。

同じ被写体を撮るにしても、取材者の視点次第で未知なるものを引き出すことができる。そこに面白さがあります。逆にいうと、「自分じゃないと撮れないもの」がないのであれば、やる必要はないと思っています。

佐渡島:
大島さんが、自分にしか撮れないと思った取材経験を教えてください。

大島さん:
例えば、2007年に『情熱大陸』で秋元康さんを取材しました。秋元さんがどんな人物なのかは、皆さんご存知ですよね。そこで、秋元さんの普段見せない一面を映したいと思ったんです。

僕は、1980年以降、クリエイティブがお金儲けと直結していて、アートというよりビジネス的な匂いが強くなったのは、秋元さんの影響が大きいんじゃないかと感じていたんですよ。

それで、こんな質問を用意しました。「秋元さんは、人間のタイプとして、どちらが近いですか。ピカソ?それとも、広告代理店マン?」。すると、秋元さんは、少し考えて「ピカソになりたい広告代理店マンかな」と答えてくれました。その瞬間に、秋元さんの人間的な部分が垣間見えたんですよね。

取材対象者を深く掘っていくためには、時には「ナイフ」を突きつけることも大切です。自分では考えないような質問や、少し答えにくい質問をあえてぶつけてみる。もちろん、相手を最大限にリスペクトした上で。そうすることで、相手の未知の部分が見えてくると思っています。

佐渡島:
なるほど。大島さんは、そうやって、未知の部分を引き出していくんですね。

僕も、新人マンガ家に接するときは、自分でも隠しているような心の本音を作品で描けるようにしようと、相手の未知なる部分を引き出すような質問を結構しています。相手からしたら、少し嫌な質問をぶつけていくんですよ。その結果、「さらけ出せ屋」と呼ばれています(笑)。

つまり、大島さんにとって、ドキュメンタリーというのは、さらけ出させることによって、相手の未知の部分を引き出そうとしていることなんですね。


取材者の「意図」が作品の良し悪しを決める

佐渡島:
大島さんが考える、ドキュメンタリーの良し悪しの差は何なんですか。

大島さん:
やはり、良いドキュメンタリーは取材者の「意図」を感じます。自分なりのテーマがあり、「被写体をこう見つめるんだ」という意識をもって取材に望まないと、撮れるものも、撮れません。そのためには、被写体や撮れた素材を、自分なりにちゃんと解釈する。そうしないと、良いドキュメンタリーはできないですね。

ドキュメンタリーは、取材者と被写体の人間関係が、否応なくカメラに写りこみます。取材者が何を話す人間かで、同じ被写体であっても、撮れてくるものが、全然違うんですよね。そこは、すごく大事だと思っています。

佐渡島:
同じドキュメンタリーでも、テレビと映画の違いはありますか?

大島さん:
まず、編集に大きな違いがありますね。

テレビはチャンネルを変えられる恐怖が、常にあります。そのため、惹きつける情報を常に入れて、視聴者を飽きさせないことを意識して編集していきます。

一方、映画の場合、よっぽどのことがない限り、お金を払っているわけなので、最後まで観てくれます。そのため、多少のストイシズムが許されるんです。

私の映画では、テレビだったら考えられない尺を使って、1つのシーンを編集しています。そのシーンを観ている時は少し退屈に感じるかもしれないけど、最後まで観れば、その意図は理解されると信じて。劇場で観る時には、そういうカットが含まれている方が、最終的な満足度は高いと思っています。

佐渡島:
確かに、良いドキュメンタリーは、視聴者に「これを伝えたい」という作り手の熱量が伝わってきます

僕が多くの新人マンガ家と話していて感じるのが、「自分が伝えたいこと」を見つけることの難しさです。大島さんは、撮りたいものを見つけることに苦しんだ経験はありますか?

大島さん:
僕も、30代前半、駆け出しのディレクターの頃は、苦しかったですね。

企画が全然通らないんですよ。テレビの企画の場合、「今、何が流行ってるか」「今だったら、この人が旬だよね」といった時事性が求められます。自分が何を撮りたいかよりも、人が何を見たいのかを逆算して、企画を考えてましたね。でも、自分が面白いと思う企画が、全く通らない。逆に、自分はさほどの興味がない企画が通って、世の中に受け入れられる。自分と世間の興味関心のギャップに、若い頃は、結構苦しみましたね。

自分のやりたい企画ができるようになったのは、40歳を過ぎてからです。もうちょっと早くできていれば、よかったのにと思います。

佐渡島:
僕も、去年ちょうど40歳になりました。不惑というのは、迷わなくなるんじゃなくて、自分の「好き」をわかり出すんだなと思います。若い頃は、自分の「好き」を漠然と捉えていたり、勘違いしてしまうことが、すごく多いように思いますね。

佐渡島:
また、話が変わりますが、現在は動画の世紀だと思っています。

例えば、ドキュメンタリーを撮って、Youtube流してみるというのは、どう思いますか? スマホで、身近な人を撮って、15分の作品をつくってみるとか。

大島さん:
是非やったらいいと思いますね! そういうことが、どんどん出てきた方が、僕はいいと思っています。「これを見せたい」「撮りたい」「伝えたい」という熱量を持てるものがあれば、チャレンジしてもらいたいです


約束が果たされない理由を解明したい

佐渡島:
大島さんの最新映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』が公開されました。

奇しくも、新型ウイルスの影響で磐石と思われた政権の支持率が下がるなど、政治のあり方が揺れているタイミングでの公開となります。

アメリカでは、大統領選など、政治をテーマにしたドキュメンタリーはよくありますが、日本では結構少ないですよね。なぜ、ひとりの政治家を追うドキュメンタリを撮ることに決めたんですか?

大島さん:
本作の被写体である小川淳也議員は、妻の高校時代の同学年だったんです。

(▼)『なぜ君は総理大臣になれないのか』のワンシーン

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大島さん:
ある時、妻から「同級生の小川くんが出馬するらしいよ。しかも、あっちゃん(妻の明子さん)が大反対してるのに…。東大を出て、官僚をやっとったのに、なんで急に政治家なんかに」と聞いたんですよね。

そのころ、僕はテレビのフリーディレクターで、いつも企画の種を探していました。妻の話を聞き、「ちょっと面白そうだな」と直感的に思いました。どうなるか、まったく予想もつかないけれど、まずは話を聞かせてほしいと。それで、カメラを持って、香川県に会いに行ったのが、2003年です。

佐渡島:
17年前から、撮ってたってことですよね。

大島さん:
そうなんです。2003年に出会ってから、年に数回食事をする関係が続きました。時々カメラを回して近況を撮影してましたが、どこかで放送する予定も特にありませんでした。

ですが、2016年に、小川さんのドキュメンタリーを絶対に映画にしたいと思うようになったんです。

佐渡島:
きっかけは何だったんですか?

大島:
その頃の安倍政権は、閣僚の失言やスキャンダルなど、いろいろな不祥事がありました。一方、野党はまとまりがなく、本気で政権を取りにいこうとは見えませんでした。結果、いくら問題を起こしても、野党が受け皿になれなくて、安倍政権は盤石なんです。

そして、小川さん自身は、とても優秀で真っ当な人なのに、所属する民進党の中ですら、出世できない状況が続いていました。

ある時、食事の席で、ぼやく彼の姿を見て、はたと思ったんです。

なぜ、君は総理大臣になれないのか?

彼は、2003年に僕とはじめて会った時、「総理大臣になります」と明言していました。あの約束はなぜ果たされないのか。その理由を、自分なりに解明したい。そう思って、小川さんを改めて取材し直したいと思いました。過去のテープも残ってますし、取材を通して、その理由を探っていきたかったんです。

(▼)『なぜ君は総理大臣になれないのか』のワンシーン

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佐渡島:
なるほど。撮り始めた時に、『なぜ君は総理大臣になれないのか』というタイトルは決まっていたんですね。

大島さん:
僕は、この仕事を25年ぐらいやってますが、ここまではっきりとタイトルを決めてから撮ったのは、はじめてです。


カメラを持つ以上、取材者に徹する 

佐渡島:
大島さんは小川さんを政治家として応援していると思うんですけど、この作品は小川さんをただ紹介するための映画ではないじゃないですか。『なぜ君は総理大臣になれないのか』というタイトルからして、現役議員の人にとっては、とてつもないナイフですよね。

今回、あえて小川さんにナイフを突きつけることで、小川さんの人間としての器を試しているように僕には感じるんですが、撮影中は、どんな気持ちでしたか?

大島さん:
そうですね。正直、撮り始めた頃は「絶対に映画にする」と言いながらも、ゴールがどこかわからずにカメラを回しているところもありました。

その中で大きな転機になったのは、2017年の民進党の代表選です。小川さんは、前原誠司さんの側近として、勝利に貢献して、はじめて若干の出世を果たしたんですよね。これで、局面が少し変わるかなと思ったら、そのすぐ後に、民進党の希望の党への合流というドタバタ劇に巻きこまれ、非常に辛い状況に追いこまれていきました。

私は、彼のことが好きだし、応援もしています。小川さんをサポートする心優しい家族も、よく知っているんです。でも、苦境に立っている彼らを、そのまま映像に撮らないといけない。カメラごしに引き裂かれる想いでした。

ただ、カメラをもっている以上は、友人である前に、取材者です。辛いところを、どこかで「おいしい」と思ってる自分もいました。自分が質問することによって、さらに辛い状況を作り出すこともありました。そこは、クールに見なければいけないし、「おいしい」と思って撮るべきなんです。

(▼)『なぜ君は総理大臣になれないのか』のワンシーン

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佐渡島:
僕は、この映画のタイトルには、小川さんに対して「君はもう総理大臣になれない」という痛烈なメッセージが帯びているようにも感じました。大島さんは、今度、小川さんが総理大臣になれると思いますか?

大島さん:
そこは僕も分かりません。もしかしたら政治家に向いてないんじゃないかと、思うこともあります。

でも、本質的に向いてないという意味ではありません。公平無私であり、正直者であるがゆえに、今の政治の潮流で、出世する政治家に向いてないという意味です。世界でも日本でも、強い言葉で言い切る政治家が支持を得る風潮があり、小川さんの誠実さは、むしろ仇になっているのではないかと思いました。

しかし、現在、新型ウイルスの影響で、政治家に求められてるものが変わっていく気もしています。

これから先も、僕は、小川さんに時々カメラを向ける関係を続けたいと思っています。もし、何年後かに、続編があるとしたら、タイトルは「まさか君が総理大臣になるとは」です。


他人の生き方を通じて、自分の生き方を考える

佐渡島:
僕は、小川さんが総理大臣になるとしたら、このドキュメンタリー映画を見ることが第一歩かなと思います。

大島さん:
それは、自分がどう映っているかを認識すべきだということですか?

佐渡島:
そうです。自分がどう映っているかを理解することで、自分の行動を変えれる可能性があるからです。

おそらく小川さんは、近くにいる人には「この人が政治をやると、日本がよくなるかも」と思わせる魅力をもってる人だと思うんですね。それでも、世間が動かないのだとしたら、描いてる理想はいいけれど、現実を正しく見れてない可能性がある

僕が思うに、政治家に最も必要な資質とは「現実を見る力」だと思うんです。なぜなら、政治家は選挙に勝ち続けないといけないので。現実を見る資質が、最も最優先で、その次に未来を描くという順番かなと。

大島さん:
なるほど。

佐渡島:
実は、僕はこの映画を観ながら、「なぜ僕は、世界を変えるエンタメベンチャーの社長になれないのか」と自分に問いかけていました。

僕は、エンタメ界を変えたくて、コルクを8年前に起業しました。でも、コルクがやれている範囲はまだまだ限定的で、世界を変えるエンタメベンチャーと呼ばれるには程遠い状況です。

映画の中で描かれている小川さんの、理想ばかりを語って、現実が見えていない姿に僕自身を重ねてしまいました。小川さんと僕は同じ穴のむじななんです(笑)。

大島さん:
まさに、佐渡島さんの背景あってこその映画の解釈ですね。

同じドキュメンタリーでも、見る人によって全く違う感想を持ちます。そこには自分のバックボーンが必ず関わってくるんですよ。全員背景はバラバラなので、100人いたら、100通りの解釈があるんですよね。

この解釈を聞けるのが、ドキュメンタリーの作り手として、一番の面白いところで、僕がドキュメンタリーをやる醍醐味の一つなんです。

佐渡島:
被写体の「未知」を引き出すことにより、観ている人自身の「未知」に向き合える。これが、本当に良いドキュメンタリーなんでしょうね。

一方で、ここに僕はドキュメンタリー作品のビジネス的な難しさも感じます。なぜなら、多くの人が映画やアニメなどの映像作品に望むことは、創作の世界に没頭し、我を忘れたいと思ってます。でも、ドキュメンタリーは、写し鏡のように我を問うてくる。ここにギャップが生まれてしまう。

でも、しっかりと自問自答して、自分の思考を深めたいと思っている人にとっては、ドキュメンタリーは観る価値が高い。他人の生き方をみて、自分の生き方を考えることができるのが、ドキュメンタリーの魅力だと僕は思います。

だから、『なぜ君は総理大臣になれないのか』という映画は、理想の自分になれないけど、どう現実と折り合いをつけて、自分らしく生きていくかについて思考を深めたい人には、是非、鑑賞をオススメしたいですね。

(2020年5月26日にオンラインにて収録)

Youtubeで対談動画を配信中

今回の大島さんとの対談は、僕のYoutubeチャンネルに動画が掲載されています。記事に書ききれなかった内容も話しているので、よかったらコチラも是非。


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