世界観を変える物語を、生み続けるための指針
「物語の力で、一人一人の世界を変える」
この言葉をコルクではミッションとして掲げているが、自分の世界を大きく変えてくれる物語と、人は生涯でどれほど出会うのだろうか。
自分の人生を振り返ると、いち読者として出会った物語よりも、自分が編集者として関わった物語のほうが、自分の世界を大きく変えてくれたように感じる。そのことを『編集者自身の世界を変える、作品づくりのあり方』というnoteに詳しく書いた。
編集者という仕事についていなければ、ぼくの人生は全く違ったものになっていただろう。編集者という仕事を選んでいない自分がいたとしたら、どうなっているのか。想像がつかない。
そして現在、ぼくは自分の働き方を、編集者という立場ではなく、経営者としての立場に重きを置こうとしている。
これまでは、自分が編集者として作品づくりに直に関わって、自分の人生を変える物語をひとつでも多く生み出すことをゴールとして捉えてきた。これからは、そうした作品を生み出せる仲間を一人でも多く育てることが、ぼくが目指すべきゴールだ。
では、どうすると世界観を変える物語を、コルクという組織から生み出し続けられるのか?
コルクでは「さらけだす・やりすぎる・まきこむ」という3つの行動指針をこれまで掲げてきた。
この3つは、ぼく自身の編集者としての経験から導き出したもので、作品づくりにおいても、作品を届けることにおいても、重要だと感じるエッセンスを集約したものだ。
なぜ、ここまで短く簡潔な言葉にしているかというと、メンバーのみんなが日常的に意識しやすくなるからだ。また、簡潔な言葉は幅広い解釈を許容するため、各メンバーが自分の業務や状況に合わせて柔軟に応用しやすい。
一方、簡潔すぎる表現のため、実際の業務でどのように行動指針を適用するかが分かりにくくなる側面もある。また、行動指針の背後にある背景や詳細な説明が不足し、指針の本質が伝わりにくい面もある。
こうした課題感から、行動指針を補うような言葉が必要なのではないかというアドバイスを社外取をお願いしている石橋さんからもらって、社内で議論が生まれた。
その結果、コルクが創作において守るべき指針を、コルクのCCO(最高コンテンツ責任者)である後藤さんにまとめてもらうことにした。
この指針がようやく完成し、先日、仮案として社員のみんなに発表をした。
後藤さんと何度も議論を繰り返し、この6箇条が生まれた。そして、この6箇条は並びにも意図を持っている。コルクの創作において、ドミノの1枚目となる考えを一番上に置いている。
「ただ一人、深く届ける相手を定める」
これまでに何度も書いてきたことだが、自分と深く向き合っている創作物こそが、世の中にとっても、作者自身にとっても、一番価値のあるものになるとぼくは信じている。そのため、マーケティング的な発想で作品づくりを開始することを、コルクでは良しとしない。
ただ、「自分と深く向き合おう」と言われても、具体的にどうすれば良いのかわからないと感じる人も多いだろう。
そういう人には、分人主義の視点で、自分について考えてみてほしい。
自分の中には様々な分人がいて、好きだなと感じられる分人もいれば、あまり好きじゃないと感じたり、目を逸らしたくなる分人もいるかもしれない。また、自分と言っても、現在の自分だけでなく、過去の自分だったり、未来の自分もいる。
例えば、ぼくが『ドラゴン桜』を編集していた時、中学時代のぼくに深く届くような作品にしたいと思っていた。
『作品づくりの“根っこ”にある、南アフリカでの3年間』というnoteに詳しく書いたが、たとえ南アフリカにいても、普遍性のある作品は人の心を打つ。どんな時代でも、どんな場所にいても、「学ぶとは何か」について考えさせられる普遍的な作品にしたいと考えていた。
また、平野啓一郎の『空白を満たしなさい』は、自分の分人と向き合うことが根底にあった作品だ。平野さんが書いた『決壊』という小説の主人公があまりにも自分の一面と似通っていると感じて、そうした自分とどう向き合うべきかという問いが当時のぼくの中にあった。
この作品は30代前半の頃に担当編集として関わったものだが、この仕事がなければ、ぼくの人生は現在とは全く違うものになってしまったかもしれない。それくらい、ぼくに大きな影響を与えた作品だ。
「あの時の自分に、こういう作品を届けたい」
「自分の中にある分人と向き合うための作品を、自分に届けたい」
「未来の自分に向けて、こういう作品を届けたい」
そんな風に考えていくと、「向き合いたい自分」というものが少しずつ見えてくる。そして、自分に深く届いて、自分の世界が変わるような物語であれば、その物語は自分以外の人の世界も変える力を放っているはずだ。
深く届けたい相手というのが、他者でも別に構わない。ただ、自分が一番深く知っているのは、まぎれもなく自分自身だ。自分自身を深く感動させる物語を目指したほうが、結果的に他者を感動させられる物語を生むことにつながるのではないかと考えている。
何より、こういう姿勢で創作と向き合ったほうが、創作によって人生が豊かになるはずだ。作品と深く向き合うことで人間的に成長し、創作によって魂が磨かれていくような感覚を感じられるのではないだろうか。
ぼくが編集者として最もやりがいを感じるのは、担当作家がヒット作を出した瞬間ではなくて、その作家が創作を通じて人間的成長を遂げていることを感じられた瞬間だ。その成長を編集者として伴走しながら、直近で見ることできたならば、これほど楽しい編集者人生はないだろう。
「ただ一人、深く届ける相手を定める」
編集者も作家も、まずは届けるただ一人のことを、しっかりと思い描いてほしい。そして、どんな作品を届けると、その一人の心が動くのかを考えていってほしい。これが、この言葉に込めた想いだ。
今回のnoteでは、創作6箇条の一番土台となる項目について書いてみた。残りの項目についても、どういうことを意図しているのかを今後のnoteで書いていきたいと思う。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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