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子どもに“委ねる“覚悟と、子離れの難しさについて

期待を手放し、相手を信頼し、ただただ見守る。

子育てをしていると、この「見守る」について、たびたび考えさせられる。そのことを、ぼくのnoteではこれまでに何度も書いてきた。

ぼくのnoteを定期的に読んでくれている人なら、我が家の息子たちの不登校ぶりについてはお馴染みだろう。ウチには3人の息子がいるが、誰かが学校に行き出したら、誰かが学校に行かなくなる。

不登校が悪いことだとは思っていない。
ただ、学校に行くと言い出して、また行かなくなって、それが何度も繰り返されると、妻がスケジュールをたてられなくなる。親の片方が、子どものためにスケジュールをずっと空けておかなくてはならない。
共同生活を成り立たせて行くためにも、子どもが学校に行くのはある程度、重要だったりする。

自分が家で休日を過ごしいる姿を観察したら、どんな人もだらけているだろう。同じように、不登校だと家でだらけている。
自分だと気にならなくても、他人についてだと「将来大丈夫だろうか」と余計な心配ももたげてくる。

現在、長男がほぼ不登校だ。
1学期までは通っていたのだけど、2学期からは途端に行かなくなった。最近はスマホを見ていて、それ故に夜は眠れず、朝は起きれず、完全に学校に行けないスパイラルに陥っている。

長男の不登校とは長年付き合ってきたけど、今年の4月からはもう中学2年生だ。まだ子どもではあるけれど、社会人になるまでのタイムリミットが着々と迫っている感覚もあり、ぼくの中でちょっとした焦りを感じることもある。

ただ、そうした感情は、ぼくの身勝手な心配に過ぎない。
将来、子どもたちが上手くやっていけず、それによって傷つく姿を見たくない。
こうした一方的な願望でぼくは不安になってる。ぼくの不安は、息子由来ではなく、ぼくの思考由来にすぎない。

最近、「任せる」と「委ねる」の違いについて考えている。

両方とも、ものごとを相手の自由にすることを意味する言葉だが、そのニュアンスには明確な違いがある。

相手に何かを「任せる」と言った場合、それは過去の実績に基づいて、「この人だったら、必ずやり遂げるだろう」という期待が裏で働いている。実績に基づく信用が、「任せる」の源泉になる。

だから、何も実績がない人には、任せることはできない。新人のうちは、小さいことでもいいから、何かしらの実績をつくり、任されるものを増やしていかないといけない。そうやって信用を積み重ねていくことで、任されるものが増えていく。

何の実績もない新人が大抜擢されたという話を聞くことがあるが、それは抜擢をした人の視点が周囲と違うだけだ。実績の捉え方や評価方法がユニークなだけで、何かしらの実績に基づいて、その判断を下したのだと思う。

一方、「委ねる」という言葉には、手段やプロセスだけでなく、結果すらも含めて、相手にすべてを託してしまうと意味合いが強い。

例えば、「この事業を任せる」という言葉の裏には、「この事業を成長に導いてくれ」という期待が含まれている。だが、「この事業を委ねる」という場合、「この事業を、たとえ失敗したとしても、あなたの経験になるだろう」と、完全に手放しで託すような響きがある。

「委ねる」の背後には、相手への圧倒的な信頼がある。

ぼくは、長男が学校に行くかどうかを「委ねて」いるのではなく、「任せて」いるのだろう。
長男のやり方で、学校に行くことを期待してしまっている。でも、長男の人生は長男のものだ。ぼくは長男に学校に行くことも、他のことも「委ね」ないといけない。

思春期になってきて、気持ちだけは大人になってきた長男は、自分に「委ねる」気がないのではないかとぼくに伝えたくて、学校に行かないという行動になってるようにも思える。

根拠のない全面的な信頼が、「委ねる」の源泉にある。

信頼とは、信用と違って、どうやったら生まれるのかが言語化できない。長年連れ添うことで、信頼関係が芽生えることもあれば、出会った瞬間に「この人は信頼できる」と感じることもある。

会社の場合、多くの時間を共に過ごす中で、信用とは違った部分で、相手への信頼が生まれ、「委ねる」が生まれることもあるだろう。そして、委ねられた経験を通じて、人間的な成長をする人も多くいるだろう。

信用に基づいて「任せる」だけでなく、信頼に基づいて「委ねる」も織り交ぜていく。そうした会社が、経営者としてぼくが目指したい会社の姿だ。

一方、子育ての場合は、「任せる」ですらなく、「保護」「管理」から関係が始まる。

幼児のうちは、親がしっかりと管理しないと命に関わるかもしれないから、管理が重要だ。子どもから目を離さずに、少しでも危ないことをしようものなら、すぐに止めないといけない。

でも、過度な管理は、子どもたちの学ぼうとする気力を失わせていく。以前に『“見守る”と”放置”の違いとは何か』というnoteにも書いたが、子どもたちが成長するにつれて、「管理」ではなく、「見守る」へとシフトしていかないといけない。

親は子どもの成長スピードに合わせて、「保護」「管理」「任せる」「委ねる」へと移行していかないといけない。

たとえ相手が失敗し、それによって傷つくことがあっても構わない。そこから何かを学び、きっと人生の糧にしていくだろう。そうした全面的な信頼のもと、相手を見守っていく。
それが「委ねる」うえで必要なことだ。

子どもに「委ねる」ためには覚悟が必要だと、このブログを書く前は思っていた。
でも、書きながら気づいた。ぼくは子どもの成長の変化の早さに対応できてないのだ。子どもの残像をもとに、接してしまっている。
今年の年初にはまだ、数センチぼくと身長差があったのに、この週末にはもう同じ高さだった。

長男の成長の早さを受けいることが、信頼のきっかけになるのだろう。


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