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感情を描く天才に聞く、“創作の喜び”とは何か?

マンガとは「情報」ではなく「感情」を伝えるもの。コルクラボマンガ専科で繰り返し伝えていることだ。

マンガを描き始めたばかりの人が陥りがちなのが、「できごと」の展開ばかりに注力してしまうことだ。その結果、ものすごく説明的な感じのマンガになってしまう。

大切なのは、できごとの情報ではなく、登場人物ができごとをどう受け止め、どんな感情を抱いたか。感情の情報だ。

できごとがあって、感情は芽生える。ある種、できごとと感情はセットとも言える。だが、読者の心に残るのは、感情だ。できごとは、驚きを生んでも、共感は生まない。

自分が描きたい感情を上手く描くために、表現技法を追求する。
それがマンガ家というクリエイターだとぼくは、思ってる。

先日、ちばてつや先生と対談する機会があり、そのことを改めて感じた。

モーニング編集部で働いていた当時、『ちばてつや賞』の審査会やパーティーなどで、何度か挨拶をさせていただいたことはあった。とはいえ、当時は数多くいる編集部員の一人というような立ち位置だったので、じっくりとお話を伺うような機会はなかった。

今回、ぼくがちば先生と対談する機会を得るに至ったのは、2025年春に開学を予定している『ZEN(ゼン)大学』の講義制作の一環だ。ZEN大学では、マンガ・アニメ・ゲームといったコンテンツ業界の発展の歴史を学ぶ講義を計画していて、ぼくはマンガ産業史を担当している。

ちば先生といえば、『あしたのジョー』を筆頭に、『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』『のたり松太郎』など数々の名作を世に送り出してきた。マンガ史を語る上で欠かせない存在で、対談をオファーさせてもらった。

対談を前に、ちば先生の作品を久しぶりに読み直していたのだが、感動が止まらなかった。ぼく自身もマンガ編集者として経験を積んでいくなかで、読む視点が変わり、作品から受け取れるものが増えていた。

感情の描き方が、とにかくうまい。「こんな偉大なマンガ家と対談するのか」と、対談前には久しぶりに緊張した。

当日は色々とお話を聞かせてもらったのだけど、特に印象に残ったことが二つある。

ひとつは、「身近な人たちを喜ばせたい」という想いが、ちば先生の出発点であり、マンガ家としての原点にあったことだ。

ちば先生は、手塚治虫のように、幼い頃からマンガを愛読し、マンガ家を目指していたわけではない。両親は教育に厳しく、家でマンガを読むことは一切禁止されていた。

絵を描くことが好きだったちばさんは、紙芝居を描いた。それを弟たちに見せたら、「次はどうなるの?」と続きを楽しみにしているので、弟たちを喜ばせるために、どんどん描いていったそうだ。

そして、中学に入ってからできた親友は、マンガの同人誌を作っていた。その親友が喜んでくれるならと思って、マンガを描きはじめたそうだ。

目の前にいる相手を喜ばせたい。人を喜ばせるために、表現をする。伝わらないと意味がない。

ちば先生は対談の中で、「伝わるかなぁ」「届くかなぁ」という言葉を繰り返し使っていた。「伝えたい!」。そう思って、何度も何度も自分の原稿を読み返す、ちば先生の姿が想像できた。

もうひとつ印象に残ったのは、「どういう瞬間に、マンガを描くことの面白さを感じますか?」という質問への回答だ。

先生はマンガを描く時、「こういう感情の時、人間はこういう表情の動きがあって、こんな動きをして、こんなことを口にするよな」と、鮮明なイメージが頭の中で思い浮かぶそうだ。

それを、しっかりとコマや絵やセリフに落とし込み、細かい手の動きや指の形までピタリと描けた時、「人間が描けた」「マンガって、実に面白いな」と感じるそうだ。

感情を描く度に、そのこと自体を面白いと思える。ちば先生が今も現役でマンガを描き続けれる理由だと思った。マンガを愛してるし、楽しんでいる。

実際、ちば先生の作品を読むと、どの作品も登場人物たちの感情がしっかりと伝わってきてグッとくる。『あしたのジョー』の矢吹丈や『おれは鉄兵』の上杉鉄兵のような破天荒なキャラクターでも、しっかりと感情が描かれているから、ものすごく惹き込まれていく。人間味を感じる。

作品を読み直す時、「これは売れるだろうか」と自問自答する時がある。でも、「これで感情が伝わるのか」「これで感情は届くのか」という問いかけの方がずっと素敵で、意識していきたいと思った。

昨今は、「感情」というより、「できごと」の奇抜さで、目を惹こうとする作品も多い。でも、ぼくが作っていきたいと思える作品は、やはり「感情」を読者の心に届ける作品だ。


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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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