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スラムダンクから教わった、物語を現実に変える力

先週からバスケのW杯が開幕した。

今回のW杯に関するメディアの扱いやSNSでの盛り上がりを見ていると、日本におけるバスケ熱もここまで高まってきたのかと驚く。W杯本番の試合ならともかく、日本代表の強化試合を地上波で生放送するなんて、これまでは想像もできなかった。

この盛り上がりの背景には様々な要因があるのは間違いない。『Bリーグ』が発足し、各地域に根付いたチームづくりが進み、リーグとして発展を遂げていること。八村塁や渡邊雄太がNBAの舞台で活躍し、世界的にもその名を轟かせていること。

ただ、日本におけるバスケットボールの風向きを大きく変えた存在は何かと問われれば、答えはひとつ。

『スラムダンク』だ。

選手のインタビューを読むと、本当に多くの選手が『スラムダンク』から大きな影響を受けていることがわかる。日本代表の活躍を報じるメディアの記事やSNSの反応を見ても、「リアル・宮城リョータだ!」「まるで山王戦を見ているかのようだ!」と、作品と重ねて見ている人が多い。

ぼくは、物語には「現実を変える力」があると信じている。いや、物語がないと現実は簡単には変わらないと考えるくらい、物語の力を信じている。

あの作品のおかげで救われた。生き方が変わった。自分を奮い立たせることができた。そんな風に、物語との出会いは、読者の人生におけるターニングポイントになれる。

だからこそ、コルクでは「一人一人の世界観を変える物語を生み出し続ける」を意味して、『Create』という言葉をビジョンに掲げている。

そう考えるぼくにとって、『スラムダンク』はまさに多くの人の世界観を変えた物語だ。ここまで多くの人の世界観を変えた物語は、他にないのではないだろうか。

また、コルクではビジョンのひとつに『Realize』という言葉を掲げている。

編集者とは、作家の頭の中にある世界をアウトプットするのを手助けする仕事だ。作家は「こういう出来事が起こったらいい」「こういう世の中にしたい」といった願望を作品に込める。であれば、その願望が現実的に実現するところまで手伝っていきたい。

例えば、『宇宙兄弟』では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に対して、治療薬開発の実験に成功するシーンが描いている。このシーンについては、小山さんとも「治療不可能と言われているALSを勝手に治してしまって、本当にいいのだろうか?」と何度も話し合った。

ただ、『ドラえもん』を読んでロボット研究者を目指す人がいるように、『宇宙兄弟』を読んで「現実世界での治療成功は自分が成し遂げるぞ」という人が現れるかもしれない。そうした願いが込められている。

そして、願いが実現する未来をただ待つだけでなく、その未来を実現させるために自分たちができることは何かと考え、コルクではALSの治療方法を見つけるための研究開発費を集める『せりか基金』を7年前から行っている。

物語で描いた世界を現実に変えていく。それが『Realize』だ。

実は、この考え方も『スラムダンク』から教わったことだ。

井上さんは『スラムダンク奨学金』という制度をつくっている。高校を卒業後、大学あるいはプロを目指し、アメリカで競技を続ける意志と能力を持っている高校生を対象に、アメリカの大学へ進学することを目的としたプレップスクールへの派遣を支援する取り組みだ。

2022年までに15名が留学し、多くの選手がBリーグやアメリカの大学などで活躍している。この奨学金の原資は主に『スラムダンク』の印税の一部から出ている。

今年1月、この奨学金制度を活かし、アメリカに留学した奨学生たちの物語が綴られた本が発売された。

この本の最後に、井上さんは以下の文章を寄せている。

バスケとの出会いがあったから漫画を描くことができた。
日本のバスケに何か恩返しがしたい。
過去ではなく未来のための何かを。
未来を担う日本の若者に機会を、もう一つの選択肢を作りたい。
バスケの母国アメリカに学びたい若者は多いが道筋が分からない。
そこに架け橋ができたら

『スラムダンク奨学生インタビュー その先の世界へ』

この本を読むと、井上さんが一人ひとりの奨学生たちの成長を見守り、深い人間関係を築いていることがよくわかる。お金をただ出すだけでなく、奨学生たちの活躍を心から願っている姿勢が伝わってくるのだ。

また、この制度自体も進化を続けている。アメリカで日本人選手が活躍するためには何が必要かを考え、派遣先のプレップスクールを変更したり、プログラムの改善を続けている。

『スラムダンク』の作中で、安西先生の教え子がアメリカ留学で挫折してしまう様子が描かれているが、そうした状況を変えていきたい。流川や沢北みたいな挑戦心あふれる選手が、アメリカで思いっきり挑戦できるように、道を整えていきたい。そうした井上さんの強い願いが伝わってくる。

スラムダンク奨学生たちの物語を読んでいくと、まるで『スラムダンク』の続きのように感じることがある。フィクションだった物語が、いつの間にか現実の物語へと変わってきている。

物語をつくるとは何なのか。井上さんの姿を見て、何度もそのことを考えさせられた。コルクのような小さい会社で、『せりか基金』のような取り組みをやろうと決められたのも、井上さんからの影響が大きい。

現在のバスケの盛り上がりを見ていると、『スラムダンク』という作品が30年近く愛され続ける中で、社会を大きく変える瞬間を目撃したような気持ちになって、ぼくとしては感慨深い気持ちでいっぱいだ。

物語を『Create』するだけでなく、物語を『Realize』する。
コルクは、そこまでやりすぎるチームでありたい。


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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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