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異なる世界観に気づき、どう受け入れていくか

見えないものは、記録に残らない。
けれども、社会を本当に動かしてきたのは、見えないものではないか。

見えないものの代表格のひとつは「感情」だ。

人間は論理だけで行動する生き物じゃない。歴史を作ってきた人たちの決断の裏側には、どのような出来事があり、どのような感情があったのか。歴史の教科書の隙間からこぼれ落ちている感情を想像しようとしたら、急に歴史を学ぶのが面白くなった。

見えないものの、もう一つの代表格は「関係性」だ。

人は、その人の、心と身体だけでできているのではない。その人と関係する人によってもできている。
それを分かりやすく表したのが「分人主義」だ。

人の能力は関係の中で発揮され、人は関係に悩む。その人をその人らしくしているのは、その人の能力よりも、その人を取り巻く関係性だ。どんな人たちとの、どんな関係性により、その人らしさが生まれているのか。関係性を見ようとすることで、その人の「あり方」が見えてくる。

振り返ると、ぼくは幼少期より、たくさんの小説やマンガを読んできた。

現実の世界よりも、物語の中の経験を優先させていたこともある。大学時代は飲み会に誘われても、本や映画を優先していた。今は、友人や仲間と過ごす時間を優先するのに、なぜ昔は逆だったのか。

現実社会を観察していて、感情や関係性を読み解くのはすごく難しい。20代前半のぼくには、それができなかった。

一方、小説やマンガには、感情や関係性がすごくわかりやすく描かれている。「物語」という装置によって、見えないものに気づく能力を鍛えることができ、ぼくは現実社会と向き合う準備ができたのだと思う。

この物語がもつ力を最大化することが、コルクが目指していることだ。
そして、物語について考え続ける中で、自分の考え方が以前と変わってきたものがある。

それは、妖精や妖怪など、スピリチュアルな存在を扱った物語についてだ。

例えば、水木しげるの作品では、様々な妖怪たちが描かれる。それぞれの妖怪ごとに、どんな特徴を持っていて、どんなところに住んでいて、どんな理由から生まれたのかなど、事細かに紹介されている。水木先生の頭の中には、妖怪が現実に生きている世界が構成されていたのだと思う。

以前のぼくは、こうした世界観について、面白いとは感じるものの、自分が編集者として扱いたいとは思わなかった。現実社会を生きる読者に寄り添うような作品を届けたいという気持ちが強く、現実に近い世界観の物語のほうが読者は共感しやすいと考えていたからだ。

ただ、それはあまりにも科学的かつ論理的な世界観を、ぼくが身に纏っているに過ぎないのではないかと最近は思いはじめている。

民俗学について学ぶと、昔の日本には地域ごとに様々な風習や伝統があったことがわかる。その中で、妖怪や怪異といった類の存在がよく登場する。何かよくない出来事が起こると、「あれは天狗や鬼のしわざだ」「妖怪が騒いでいる」といった具合に、人々の間で語られたりする。

もし現代社会でそんな発想をしたら、「不謹慎だ!」と怒られるか、呆れられるだろう。でも、そうした世界観を共有している時代があったのだ。

以前のぼくは、昔の人たちがそういう世界観を持っていたのは、科学が発達してないからだと考えていた。けれども、厳しい時代を生き抜くために、人々が編み出した知恵だったのではないかと今は思うようになった。

昔の社会は、天災に脆く、人災も多かった。乳幼児の死亡率も高く、無事に成人できる人も多くはなかった。コントロールできないことが現在よりも圧倒的に多く、その解決策の糸口さえ見えない。

不条理といってもいい世の中で、そうした説明のつかないことを妖怪や怪異のせいにすることで、自分たちの感情を宥めていたのではないだろうか。

また、妖怪たちがいる世界観を身にまとうことで、日々の暮らしの見え方も随分と変わってくる。

水木しげる作品では、家の中に棲む妖怪たちがたくさん登場する。履物を粗末にする家に出てくる「ばけぞうり」。風呂の垢をなめる「あかなめ」。ほったらかしにされた古い雑巾が化けてくる「白うねり」。こうした妖怪たちに出会いたくなければ、日々の生活を整えていかないといけない。

自分を律して、生活習慣を良くしようとたくさんの努力をするよりも、妖怪との関係を意識するほうが行為が継続しやすい。

妖怪たちは怖い存在でもあるけど、人間たちを諌めてくれる存在でもある。時には、人間が忘れてしまった大切なことや美しいことを気づかさせてくれることもある。

妖怪や妖精といった超常的な存在を描くことで、見えないものが見えてくる。そうした世界観を通じてしか、見えないものもあるだろう。

そう考えた時、自分がもっている世界観について、もっと意識的にならないといけないと感じた。 
自分は科学的かつ論理的な世界観に染まり過ぎていた。もっとあるがままに世界を観察していかないといけない。

そして、様々な世界観を行き来し、異なる世界観を通訳できるようになれたら、編集者として扱う物語に幅が出てくるのではないだろうか。

『観察力の鍛え方』の中でも、どうやって見えないものを観察していく力を鍛えていくかという話を書いた。自分とは異なる世界観にどう気づき、どう受け入れていくかは、すごく重要なテーマのように感じている。


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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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